「空」(くう)に関してちょっぴり法話

「空」(くう)という言葉を聞くと一番に頭に浮かぶのは般若心経です。般若心経はお経全体を通して、仏教の基本である「空」の思想について解説がなされています。また、宗教史上において仏教が掲げた最もおもしろい概念は「空」であると言えます。もっとも、「空」という語自体は仏教が編み出したものではなく、インドではごくありふれた語のひとつでした。

 「身体は空そのもの」といわれても、「空」は「無」ではありません。自分は確かにそこに存在しており自分であって他者でないことを意識して行動します。日常生活のレベルにおいては、人として生きていくために自己の確立とか自己形成ということはとても大切なことです。般若心経ではまず、観音菩薩は「五蘊」(ごうん)には実体がないと説かれています。五蘊には色・受・想・行・識(しき・じゅ・そう・ぎょう・しき)という5つの要素があり、これらは人間の意識のもとになるといわれています。つまり、人間の肉体や感じること、思うこと、行うこと、認識することには、すべて実体がないというのです。

そして、観音菩薩はさらに「形あるすべてのものに実体がないのであれば、その反対に、すべてのものはあらゆる形をとることができる」と説かれております。それは人間についても同じことが言える、といいます。簡単に言うと、「空」とは「枠」がないと言い替えられます。世界地図を眺めてみると国ごとに線が引かれております。これは元々書かれてあったのか?そうではなく人が国という「枠」を決めたから書かれたものです。「枠」がなければ自由に往来可能でなにものにも煩わされず開放された自由な空間の広がりがあるということなのです。

 私たち僧侶が仏様の慈悲と智慧の詰まった仏法を渡す筏となり、身体を空そのものにして多くの人に届ける義務があると私は感じております。


真言宗 光堯庵 (ひかりぎょうあん)

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